INFPのブログ

INFP夫の備忘録

なぜ答えを見つけようとするのだろう

うつ病の恋人を支えるためあなたに伝えたい愛の言葉: あなたが彼氏・彼女の一番の味方であるための5つの約束 ☆うつ病と恋愛、生活と仕事、家族と家庭☆

 

夫(INFP)はとても繊細だ。

外面(そとづら)と言えば聞こえが悪いが、周りからの自分の評価はすごく気になるし、ルックスだって整っていないと調子が悪い。

 

 

そしてそれに関して出来ていない自分が許せなくて落ち込むこともある。

特にストレスと自分自身の体調コントロールは連動していて、ストレスが多いとセルフネグレクトがひどくなる。

 

 

自分を律することがとても難しくなる。

 

 

うつの症状もかなり昔からうっすら出ていたのでしょう。

ここ最近はそれもひどくなっている気がする。

 

 

特にストレスがたまると注意力が散漫になり記憶も曖昧だ。

視野狭窄のようにあまり周りが見えなくなり「(こんな状況)もうだめだ」という感じ。

本当に何かに脅迫されている感じに見える。

 

 

 

上記の本は著者が重度のうつ症状の体験から、どれだけ支えてくれる恋人がありがたいかを書いた本で、私たち支える側の心のよりどころになる本だ。

 

 

 

うつの恋人があなたを冷たくあしらったり、質問に回答ができなかったり、応答できなくても、支えてくれる私たちの存在を嫌いになったわけではなく、自分自身に一生懸命で、それ以外の事を考えられるキャパシティーがないのだと。

 

 

それを、受け取る私たち側が

「嫌われた」

「もっと支えよう」

と思う必要はないのだと。

 

 

 

 

私(ISFJ)は投げかけられた会話に対して常に回答を考えているタイプで、たとえ投げかけた会話に回答がいらないことだとしても、自分の考えとして意見を言いがちです。

 

 

 

ただ

「そうなんだ」

「ふーん」

と言えない性格なのです。

 

 

 

 

それも相まって、夫の会話に「常に逆に考えてこういう風にしては?」

と言ってしまうことも多く、歯車が狂うと「なぜそんな考えになるのか?」とこちらがイライラしてしまうほど。

 

 

こんな性格もあってか、夫のネガティブな会話に

「ふーん」

と流せずお互いにフラストレーションがたまる悪循環に陥っていた。

 

 

 

 

ただ、聞いてほしいだけ、そばにいて「味方である」と示すだけでたぶん良いのでしょう。

 

 

 

でも私の心の中は

「夫の意見に同調しているだけでは、彼を甘やかし、また仕事をやめ、この年で無職になり、就職が困難になる地獄のような日々が待っている」と恐怖で埋め尽くされるのです。

 

 

「私が彼を正していかなければ」

「コントロールして軌道修正していかなければ」

と恐怖にかられるのです。

 

 

 

 

もちろん、この私たちの激動の人生を他人様に言うことはできません。

職場ではもちろん、夫はきちんと働いている人で通さなければならず、時には私の親にも嘘をつかなければいけません。

 

 

私の両親はやはり私よりの性格なので、

「仕事をやめた」

「今は無職」

なんて言うと、

なぜなんだろう?と理解はできないのです。

 

 

昭和の時代だったらこんなにコロコロ仕事を変える成人した男性は変人のように思われたでしょうね。しかも世帯を持った男性なら余計に。

私の親はそんな風に思っているけれど、もう慣れたようで何も言いませんが。

 

 

 

職場で

夫が協力的で、「全国旅行支援」の有効活用をして旅行に行った。

とか、

夫がクーポンを使ってくれお得に○○が購入できた。

 

などと聞くと、

あ~夫婦がタッグを組んで建設的な関係を築いている、うらやましいなと思うことがあります。

 

 

 

夫はもともとそう言うことにも疎いですし、損したことにも気づかないタイプなのです。

さらにうつの症状で思考がとても狭い状態にあるため、そういったことまで頭が回らないのです。

 

 

 

昔の私はもうそんなことにすら切れそうになったり、落胆したり、虫の居所が悪ければイヤミの一つも言っていましたが、もうそれはあきらめました。

 

 

 

「クーポン使った?」

「忘れてた」

「そっか」

 

 

で終わりです。

使ってくれていたら嬉しいですが、使っていなくても事実確認で終了という感じです。

 

 

 

夫(INFP)を普通の人と比較することはできないと私は思っています。

「普通」「普通」とつい言ってしまいますが、

普通の人が臨機応変にできることが夫はできません。

 

 

言って強制的にさせようとすればするほどかたくなにやりません。

(逆に「こういう風にしてもらえると嬉しい」という表現をコツコツしていると時々やってくれたりします)

 

 

 

私はやって当たり前、1歩先を読んで行動することが「普通」だったので

こういった褒め方、伝えられ方に慣れていないので、そんな褒め方をすることに慣れていません。

 

 

なので

初めのころは(今もまだまだですが)

「なんでこんなことも言われないとやってくれないんだろう」

という感情が先に出ていましたね。

 

 

 

夫は私がせわしなく掃除をしていても全く気にならず、手伝おうとしません。

でもひとたび家を出て社会に飛び出ると、気を使いすぎるほど人への手助けをします。

困っている人を見過ごせない。

 

 

これも私への甘えでしょうか?

 

 

 

今はあきらめの境地にいるということもあってか、

夫の事はただただ聞いてあげよう。否定も肯定もせずにただ同調してあげよう。

そんなポジションにいようと心がけています。

 

 

 

 

そうすることで、夫は精神的に安定?しているように見受けられます。

彼にとって外部(社会)は敵ですが、私は味方でもあり、時々敵にもなる存在ですが、

いまはそれをやめ、完全な味方でいることで、彼にどんな影響があるのか、観察しているところです。

 

 

 

 

 

この本は

そんな疲れた私にそのままで大丈夫と言ってくれる本です。

支える側も大変なのだ。

 

 

このブログでもたくさん励ましていただいていますが、

それはただの気休めだったり、一部の優しい人の慰めくらいの感覚でいましたが、

この本にもここで励ましてくださった方と同じようなことが書かれており、

私はこのままで良いんだと思わせてくれる部分がたくさんありました。

 

 

Kindleにはたくさんのアンダーラインを引きましたし、また定期的に読み返したいと思っています。

 

 

 

最近の近況はこんな感じです。